横浜市の旧大口病院で入院患者3人が消毒液により中毒死した事件で、横浜地裁が9日、殺人と殺人予備の罪に問われた元看護師、久保木愛弓被告(34)に言い渡した判決の要旨は次の通り。
罪となるべき事実
被告は大口病院で2016年9月15~19日、点滴袋に消毒液を混入し患者3人を殺害した。また同月18~19日、他の患者に投与される予定の点滴袋などに消毒液を混入し、殺人の予備をした。
争点に対する判断
争点は犯行当時の被告の責任能力の程度である。
検察官は起訴前の精神鑑定に依拠し、被告は軽度の自閉スペクトラム症で、うつ状態だったが、犯行に精神障害が及ぼした影響は極めて小さく、完全責任能力があったと主張する。
弁護人は起訴後の鑑定に依拠し、被告は統合失調症に罹患(りかん)しており、目的に不釣り合いな殺害という手段を選択した点に症状が強く影響したとして、心神耗弱だったと主張する。
検討すると、被告は、複数のことが同時に処理できない、対人関係の対応力に難がある、問題解決の視野が狭く自己中心的といった、自閉スペクトラム症の特性を有し、うつ状態だったことが認められる。一方、症状からは、統合失調症を発症していたとは認めがたい。
被告は、患者が急変して死亡し、家族から看護師が激しく責められる場面を見て強い恐怖を感じた。勤務時間中に自身が対応を迫られる事態を起こしたくないと考えて犯行に及んだ。こうした動機は十分に了解可能だ。自分が対応しなくてよい時間に被害者を死亡させる目的に沿って手段を選択し、違法性を認識して犯行に及んでいる。自閉スペクトラム症の特性がありうつ状態だったとしても、弁識能力と行動制御能力は著しく減退してはおらず、完全責任能力が認められる。
犯行に至る経緯
被告は幼少期から内向的な性格。評価されることが少なく、対人関係の不得手さを意識し、自己肯定感を得る機会に乏しかった。
高校2年の時に母親に勧められ、看護師になろうと考えた。看護専門学校の学科の成績は中位だったが実習の成績が低く、自身が看護師に向いていないと感じた。だが学費を両親に出してもらったことや奨学金を受け取っていたことから、看護師として働くほかないと考えた。
2008年4月に病院のリハビリ病棟で勤務を開始。障害者病棟や老人保健施設でも勤務した。
14年1月から勤務した老人保健施設で、患者の家族から手際の悪さを責められたり、亡くなった患者の家族から同僚の看護師らが大声で責められるのを見たりした。強いショックを受け、不眠や不安、気分の落ち込みを感じるようになり、14年4月に精神科クリニックを受診。同年7月ごろまで休職した。
同年8月、内科診療所で復職したが、臨機応変に対応できず患者の急変を招くのではないかと不安を感じ、自信をなくして15年4月に退職。臨機応変な対応が要求されない職場なら働けると考え、終末期医療を中心とし、患者や家族から、急変時に無理な延命措置を行わない同意がとれているとされていた大口病院の面接を受けた。
大口病院で勤務を開始したが、終末期の患者が亡くなっていくことを割り切れず辛く感じた。夜勤が増えて負担を感じ、同僚となじめず、仕事ができない自分に引け目を感じ、ストレスをため込むようになった。
16年4月には、患者が急変した際に被告が救命措置をしたが亡くなり、被告を含む複数の看護師が、患者の家族から怒鳴られることがあり、被告は強い恐怖を感じた。夜勤明けに無気力になったり気分が落ち込んだりし、辞めたいと思い詰めるようになった。
そのような状況のなか、同年4月の出来事がきっかけで、自分が勤務でないときに患者が死ねば、家族から責められるリスクは減るという発想が浮かぶようになった。ニュースで消毒液を誤って投与された患者が死亡した事故が報じられたことを思い出し、同年夏ごろ、夜勤時に、未使用の点滴に消毒液を混入させた。被告はその後、この点滴を投与された患者が死亡したことを知った。
量刑の理由
被害者は終末期病棟で穏やかな最期を迎えるはずだったのに不条理にも突然生命を断たれた。結果は極めて重大だ。看護師としての知見と立場を利用し、消毒液を混入した点滴を同僚に投与させて他者を自身の犯行に巻き込んだ。悪質というほかない。動機も身勝手きわまりない。
刑事責任は重大で、有期懲役刑は考えられない。科すべき刑は死刑か無期懲役だ。死刑を選択することがやむを得ないか判断するため、量刑検索システムに登録された事案の他、3人が殺害されたそれ以外の事案も参照し、検討する。
被告は自閉スペクトラム症の特性を有し、臨機応変な対応が要る看護師の資質に恵まれていなかった。うつ状態で退職も考えたが、決断できなかった。ストレスで視野狭窄(きょうさく)的心境に陥り、不安軽減を求めて患者を消し去るという短絡的な発想に至った。努力ではいかんともしがたい事情が色濃く影響しており、被告のために酌むべき事情といえる。
逮捕後は事実を全て認め、公判では犯行当時は罪悪感や後悔は無かったなどと、自己に不利益な事情も素直に供述している。罪の重さを痛感して遺族らに謝罪し、被告人質問では償いの仕方がわからないと述べたが、最終陳述では死んで償いたいと述べるに至った。前科前歴がなく反社会的傾向も認められないことから、更生可能性がある。
総合考慮すると死刑選択を躊躇(ちゅうちょ)せざるを得ない。生涯をかけて罪の重さと向き合わせ、償いをさせるとともに更生の道を歩ませるのが相当であると判断した。
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル